故黒田利朗氏に想いを寄せて

はじめに

昨年の暮れクリスマス明けに故黒田利朗さんからお時間をいただけたのは、一生の財産になった。DOMAがこれからめざして行く道について、黒田さんの意見が聞きたかったのだ。「君が目指すところを実現するのは、なかなか大変なことだよ」とちょっと考えるようにして言った。だからこそ、今でも黒田さんはそこにいて、見守ってくれているような気がしてならない。釘も刺された。「日本のプロモーションと銘打って、たくさんのイベントが行われているけれど、俺たちがどれだけ身を削る商売もしながら、しっかりと日本食の精神を伝えてきたかということを、きちんと知るべきだ」、あるいは、「ただ伝えるとか見せるとかじゃダメ、何をどう伝えるかということ、ストーリーテーラーになれるかなれないかだ」とか、マイスターはいつものように口を酸っぱくして言った。 最後に、彼は私に、「もうそろそろ、このへんで」、と別れを告げた。でも、本当は、私はもっとその先の言葉も知りたかった。それで、彼の親しかった人々に会いに行った。そして彼らの声を収録させていただいた。彼らの言葉は、黒田さんからいただける教えや気づきそのもの。それに黒田さんは曲がりなく、人生を謳歌していた。そんな黒田さんに、心から感謝。

 

DOMAの前身「食会」にて、2014年の秋に掲載した黒田さんのインタビューを再度掲載いたします。

Issé workshop現代表、黒田須美子さま、他方々をはじめ、以下、ご協力をいただいた皆さまに、心より、御礼を申し上げます。

Inaki Aizpitarte, Eric Briffard, Frédérick Grasser-Hermé, Kaoru Iida, Angela Intonti, William Ledeuil, Christophe Pelé, Olivier Poussier, Ayako Saito, Elisabeth et Michèle Scotto, Masataka Shirakashi, Xavier Thuizat



黒田利朗  ワークショップ・イセ社長

オペラ座界隈にある高級日本食材店“ワークショップ・イセ”。この店がオープンして、今年で10年になる。食品は500品目、日本酒は100種をも揃えているが、その品揃えの確かさには、いつも驚かされる。黒田利朗さんと、奥様の須美子さんが、日本津々浦々を訪れて、選び抜き、愛情を持ってお勧めしていることが伝わる商品ばかり。お二人の説明を聞きながら、商品を手に取ると、生産者の顔と仕事が見えてくる。

実績ある通訳・翻訳会社KSMの創始者でもある黒田さんの、説得力とユーモアのあるフランス語力は、フランス人顔負けで、日本、フランスはもとより、さまざまな人文科学を識る碩学。日本の食文化について総合的に考え伝える黒田さん。彼を慕うグラン・シェフは多い。時間はかかっても何かが生まれて育つ、そんな共有する時間を大切にする、静かなエネルギーに満ちている。

 

 

黒田利朗氏とのダイアログ

1/ワークショップ・イセの成り立ち? 偶然に導かれて

オープンは2004年、今年でまる10年経ちました。“伊勢”という和食店があって、好きでよく通っていました。評判の良いとてもいい店でした。しかし閉店に追い込まれているということを聞いて、つぶしてしまうのはもったいない、それでふらふらと買ってしまった。それで食材店も始めようと。食の世界に足を踏み入れたのは偶然だったのです。

 

2/始めの信条? 美味しいものを紹介する

基本的には、とにかく日本の美味しいものを持ってこようと思いました。かみさん(須美子さん)と2人でインターネットで探して、良さそうな商品を見本として送ってもらった。試食をして美味しいと思ったら、生産者に会いに出かけました。この商売を始める前は、東京、大阪、神戸くらいしか知らなかったのだけれども、日本中を行脚することになって、日本の風土を再発見できたのは良かったですね。結果的にわかったのは、大手の食品メーカーは、いいものを作っているのだろうけれども、マスを相手にしているので、本当に美味しいものを作るという考えははじき落とされてしまう。手作りが必ずしもいいとは思わないが、結果的には、本当に美味しいものを作っている人たちは、どこか職人的な作り方をしていて、会社の規模も平均して見ると20人ぐらいで、歴史もあります。裏ラベルをみれば、添加物はない。そうした気づきを得ながら、今や10年に至りました。

 

3/財産? グラン・シェフたちとのコラボ

こうした商品をパリに持ってきて販売するのは、なかなか大変なことです。3分の1以上は売れない。こうしたリスクを冒しても、いい商品は紹介したいという気持ちがあります。今取り扱っているのは食品500品目、日本酒は100種にもなります。僕のところにはこだわりの高いシェフたちがよく足を運んでくれる。彼らに対して、持ち出しなのですが、テイスティングをしょっちゅう行っています。こうした関係が育った延長線上に、“L’ART DU SAKE(日本酒芸術)”という本の出版もありました。昨年、マルチニエール社から出版した本で、日本酒の哲学と歴史、製法を紹介しましたが、エリック・ブリファールや、パトリック・ジェフロワ、ウィリアム・ルドゥイユなどのグラン・シェフがそれぞれの日本酒にあるレシピを寄せてくれたのです。9月からは、“シャトーブリアン”のイナキ・エズピタルトとのコラボが始まる予定です。イナキのところで働く料理人を僕が持つレストランの1つ“眉山”で研修させることになりました。

 

4/本物のエクスチェンジは? 3層のピラミッドを考える

料理は3層のピラミッドから成り立ちます。一番下の層が食品、プロダクトですね。その次が調理技術。そのてっぺんに、思想といいますか、メタな部分があると思うのです。職人、プロダクトというのは、異なるカルチャーを背景としても、簡単に移動させることが可能です。それを見たことのない人がビックリしたり、こんなものはなかったと言ってくれたり。日本に関心を持ってくれれば、それはそれでいいのかもしれないのですが、3層のピラミッドを伝えられてこそ、本物のエクスチェンジが叶うと感じています。しかし自分はまだ、底辺のプロダクトのトランスファールしかできていない。その次にある調理技術も、そのまま右から左に移すわけにはいかない。全体的な整合性があって初めて、受け入れられるのだと思っています。口で説明はしているけれども、実際にはできていない、もっと具体的にやっていきたいと思っています。

 

5/美味しいものの先? メタの追求

頂点のメタの部分に行きますと、日本の食べ物についての全体像があります。例えば、なぜ、和食では香りをいくつも重ねてはいけないのか、乳製品というのが和食の中にあってはいけないのか。また盛りつけに関しても、なぜ、山が右手の向こうにあり、海が左手の手前なのか。もっとシェフたちと、あるいはフランス料理史の研究家のような人ともしっかりコラボして、日本の食を全体として紹介していかなくてはならないなと思っています。一番始めは美味しいものをフランスにと思っていたけれど、やっているうちに、それだけではなくて本当は、美味しいものというものが成立するためには、いろいろな要素がある。それを全部であわせて、紹介した方がいいんだろう、そういう風に思っています。

 

6/日本の食文化? ブリコラージュ的

日本の食文化は非常に複雑で、レヴィ=ストロースは、ブリコラージュ(やっつけ)的な集合体だと言っています。なぜなら、日本の料理の体系というのは、決して演繹的、帰納的、整合的ではなく、感性に基づくコードによって成り立っているからです。入り口が複数あり、どこからでも入れるが、そうすると入り口によってたどり着く場所が違っていたりする。それがブリコラージュ的、ということなのですが。しかし、最初から居直ってしまって、どうせこの構造物は、複数の入り口がある迷路です、にしてしまったのでは、メタのアーキテクチャーというものの、意味がなくなってしまう。入り口同士の関係もよく考えて、調理技術、プロダクトに対して、縛りをきかせることができるように、整理して説明できるようにしていかなければならないだろうと思っています。

 

7/新しい取り組み? 発酵食品のワークショップ

こうした3層構造のメタまで見直すことは、食材だけだと難しいかもしれないけれど、この秋から、麹のアトリエというかたちで、日本の発酵食品の紹介をすることで、少しでも近づくことができるのではないかと思っています。これはシェフたちにとっても、関心のあるテーマではないか。しっかりとドキュメントも作って、伝えていきたい。漬け物、粕漬け、酢、醤油、それに鰹節など。鰹節は、熟成させる工程でカビを利用して発酵させているのですよ。また、実際に発酵食品の作り方とか、料理の仕方などのワークショップもやっていきたいと思っています。

 

8/日本酒通? 日本酒のアソシエーション

 Les Becs Fins de Saké(日本酒通)という日本酒のアソシエーションを立ち上げてちょうど2年になります。信頼を置くフォーシーズンズ・ホテル・ジョルジュVの料理長エリック・ブリファールと、“ビガラッド”のシェフだったクリストフ・ペレが共同創始者で、2000年の世界ソムリエチャンピオンに輝いたオリヴィエ・プシエ、俳優のジェラール・ドパルデューが代表者に立ってくれました。それまで、イセとして、日本酒のプロモーションを持ち出しでしていたのですが、どうせ商売だろうと言われてしまうのが残念で、アソシエーションを立ち上げたのです。1年に1度は大きな催し物をやって、日本酒のフィールドを広げていくことができたらと。立ち上げのときには、ジェラルド・ドパルデューの私邸で大きな催し物をしましたし、今年5月には、パリいちの規模のワインショップ“ラヴィーニャ”で日本酒のイベントをしました。半日で600人もの来場者を迎えることができた。世界ソムリエチャンピオンのセルジュ・ドゥブ氏と僕との日本酒のテイスティングや、名調香師に日本酒の味わいについてのワークショップを行ってもらったりなど、オリジナリティのある提案ができたのではないかと思っています。

 

9/多様な日本酒? ワインのように楽しめる

ワークショップ・イセを立ち上げたと同時に、日本酒にも力を入れてきました。一番始めに扱っていたのは、獺祭と九平次でした。吟醸酒の中でも綺麗なお酒ということで、この2社に行き着いたわけです。そののち、残念ながら彼らとは縁がなくなってしまったのですが、そのお陰で、もう一度スタート地点に立つ機会が与えられたと。つまり、もう一度はじめから考え直して、もっと色々な体系の日本酒を紹介すべきではないかと思ったのです。熟成したお酒とか、生酒とか、生もと、山廃などです。フランス人の反応は非常に良かった。単純に美味しい、ではなく、しっかり飲み込んでみたい、ワインと同じような形で楽しめる、と思うフランス人が増えてきてくれているように感じています。

 

10/日本酒とワインの違い? 本能VS訓練

ただ、日本酒とワインの決定的な違いは、日本酒は本能的に美味しいプロダクトであるということです。つまり、日本酒は、ワインにあるタンニンもないし、酒石酸もない。タンニンの苦味というのは、かなりボリューム感があり、酒石酸というのはきつい酸味が特徴的です。日本酒には苦味も酸味もありますが、非常に穏やかで、アルコールの問題がなければ赤ん坊でも美味しいと感じてしまう。ワインというのは、コーヒーやタバコ、葉巻と同じ嗜好品で、トレーニング、勉強をしてはじめて、面白い、美味しいと思える。つまり美味しさのベクトルが、日本酒とワインでは違うのです。その違うということを踏まえた上で、日本酒の多様性を説明していくということが大切。吟醸酒ばかりやっていたときは、ワインとの違いではなく、近似性を探していた。こうした考えに至ることができたのは、それを方向転換して、日本酒の多様性に目を向けるようになったから。ワインのプロは、その多様性を紐解ける、多種多様なお酒を評価してくれます。

 

11/ホタテ貝とのマリアージュ? コハク酸

日本酒に含まれる有機酸は、お酒の酸味、うまみをつくる重要な成分。その中にコハク酸が含まれています。実はこのコハク酸は、貝類に含まれるうまみ物質でもある。パリで開催された日本のホタテ貝のプロモーションで、招待講師として講演をしたのですが、その中で、なぜ貝類に日本酒が合うのかという根拠をコハク酸に結びつけて話しました。こうした逸話は、できるだけ拾い上げて、こちらの国の人にわかりやすい形で説明する。そのための探求は、伝える側の義務だと思っています。

 

12/ウィリアム・ルドゥイユ? 革命家

オープン時からよく足を運んでくれるウィリアム・ルドゥイユには、料理において一種の革命を起こそうとしているのだろう、と感じています。例えば、五味の構成の中で、塩味と油脂ということがあることによって、フランス人の大人たちが誰もが美味しいと感じる味わいになる。ウィリアムは、新しい美味しさの多面体というものを考えて、塩、油というものを陰に追いやってしまった。つまり、甘味と酸味に光をあてたのです。方法論を意識的に作り、その上で冒険をする頭のいい人です。つまり、さっき話した3層のピラミッドの一番上まで、フレンチに関して見直そうと考えている。フレンチだけ眺めていても、フレンチを理解することはできない。それで彼はさまざまな料理にも興味を持ち、比較をし、組み立てをもう一度考察する。日本料理に対して好奇心が旺盛なのもそのためだと思います。こうした考えには、3層を見つめる自分自身に取っても、響くところがあるのです。