クリストフ・ドゥヴェ、お城のコンフィチュール

ヴァンセンヌの城の細密画が目印の『レ・コンフィチュール・デュ・シャトー/シャトーのジャム』。レシピはヴァラエティに溢れる。名付けには “ラ・ヴァンセノワーズ/ヴァンセンヌのジャム”、“ラ・ノルマンド/ノルマンディのジャム”などポエティックなものもあれば、素材名だけの“洋梨”、“アプリコット”など、ストレートな美味しさが伝わってくるものもある。またサブタイトルも素敵だ。“レモンのコンフィ”には“ブリュノワーズに切って、バジリコ風味に”、“オレンジ”には“シュゼット”など。真摯な仕事はもちろん、ユーモアも入り交じった溢れる愛も、その佇まいから読み取れる。果実そのものの新鮮な味わい、組み合わせにも機知があって、デザートのようなジャムといったらいいか。

 

製作人はクリストフ・ドゥヴェ。サロン・デュ・ショコラでの司会者も20年以上にわたって務めたベテラン・ジャーナリストだから、顔を見たら、はっとする人も多いはず。そのドゥヴェは50歳を目の前に、自分自身が幸せでいられる次のステップを踏んでみたいと考えていたときに、運命の出会いがあった。自分の住むヴァンセンヌの市街地を歩いていると、たまたま工事中で壁に隠れていたあるものが目に入ったのだ。それは『Fabrique de Confiture/ジャム制作所』という古い看板。これだ、とクリストフはひらめいた。

 

思い起こせば、ドゥヴェにはアルチザンの血が流れている。祖父は野菜農家で、父親はブランジェ、そののち樵に転身した。父親が作ってくれたブリオッシュは本当に美味しかったし、料理も上手だった。ノルマンディのヴェルノン県で生まれ育ち、伯母と一緒にはじめて作ったジャムの味わいにも原点にあった。伯母が所有していた庭で採れたアプリコット。それで伯母はどうやってジャムを作るかを教えてくれた。できたての温かいアプリコットのジャムを、オレンジの花水の香りづけをしたクレープにたっぷりとぬって食べた。その包まれるような優しさたっぷりの味わいは、今でもそのままに蘇ってくる。

 

ジャム職人に転身しようと決意したのちに、このプロジェクトを信頼するMOFパティシエのローラン・デュシェーヌにたまたま話す機会があった。クリストフが作るジャムを味わって、一通りではない誠実さを読み取ったローランと夫人のキョウコはクリストフにアトリエを貸すことに決めた。それが2015年。クリストフはローランと、いくつかのレシピを一緒に作り上げている。例えば、オレンジ、アプリコット、アーモンド、バニラとシナモン風味の『ノエルのジャム』。あるいはイチゴとレモンのコンフィ、ジンジャーの『レスティヴァル/夏味』。また『レモンのコンフィ』は、ローランのレモンとバジリコ風味のケーキからインスピレーションを得たものだった。ローラン、そしてチームとクリストフは、たくさんのものを分かち合う仲になったのは、想像に難くない。

 

 

評判も売上も伸ばし、クリストフはローランのアトリエを離れることに。2017年に自身の店をヴァンセンヌ市内に見つけてオープンにまでにもこぎ着けたが、ほどなくして閉店に追い込まれてしまった。現在は、スタートアップの資金繰りのため、クラウドファンディングを進行中だ。因みに、キョウコ&ローラン・デュシェーヌは、クリストフにそそのかされて、新店をヴァンセンヌにオープンしたばかり。ローランの作るブリオッシュとクリストフのジャムのマリアージュが近々叶うことを、皆が待ち望んでいる。

 

ジャム作りを続けて行くことを強く願いつつ、その職人芸の価値を高めていくことにもクリストフは使命を感じている。パティシエやショコラティエ、ブランジェと同様、ジャム作りにしかない職人芸というものがあり、職能資格を設けるべきだと。質良いフルーツなどの素材、的確な配合はもちろん、火を通すときに、目、耳を使って銅鍋の中が何を訴えているのかを見分けること。簡単に思えるが、失敗しないジャムを作るためには本物の技能が必要なのだ。

 

そうしてクリストフは、銅鍋の中でフツフツと音を立ててそれを高らかに変化させていくジャムの声に耳を澄ませる。その音はまるで、マイクの向こうでリズム良く話すクリストフの語り口と重なるかのよう。グルマンディーズを心から愛して、人々を喜びで満たそうとする寛容さと優しさ溢れる声なのだ。