連載『今を生きるクラシック料理』トゥール・ダルジャンVol.1 フレデリック・デレールの鴨


パリのパノラマとトゥール・ダルジャンのオーナー、アンドレ・テライユ氏。

 

フレデリック・デレールによる鴨のサービスの美しさには、皆が目を見張った。デレールはメートル・ドテルで、1890年に『トゥール・ダルジャン』のオーナーとなった人物。フォークで刺した鴨を片手で空中に翻したと思ったら、巧妙に腿を外し、一瞬にして肉を切り出す。肉の切り分けの技巧を尊重する、かのグリモ・ド・ラ・レニエールは、その著作で「切り分けの芸術は、もてなす人であれば、身につけるべき作法。多くの時間を費やした達人は、フォークに突き刺したままの鳥をテーブルにおかずして切り分けるという離れ業をやってのける」と記しているが、まさにデレールそのものだった。デレールは、この鴨の一皿を『トゥール・ダルジャン』の傑作として後世に残すため、供した鴨に番号をつけるというアイディアを思いついて、まんまと成功している。

『トゥール・ダルジャン』には、今も3人の鴨の切り分け専門係(カナルディエ)がいる。

 

カナルディエがその腕を披露するカウンターは、極上のパリのパノラマを見渡すことのできる客室の一段高いところに鎮座していて、まるで劇場の舞台のようだ。カナルディエは舞台に立ち、手を下す前に白いビロードの手袋をはめると皆の注目が集まる。デレールの空中芸こそは引き継がれなかったが、伝統的な技術を操り、ローストされた鴨を切り分ける。レバーを潰してマデール酒とコニャック酒を合わせ、最後の一滴までしぼりとった血とあわせて煮詰めたソースも、その場で作り上げる。残酷さと洗練が織りなす、フランスのガストロノミーの極致だ。

ガストロノミーのサービスに関わる人たちの資質として、この鴨の切り分けの芸術を身につけるべきと、『トゥール・ダルジャン』をあげて現オーナーのアンドレ・テライユは、未来の客室係たちに向けたコンクール“フレデリック・デレール賞杯”を3年前から開催している。アンドレは、父クロード・テライユからの後継者としての期待は大きく、フレデリック・デレールから『トゥール・ダルジャン』を買い受けた祖父の名を受け継いだ。父クロードが亡き後、弱冠26歳で店のオーナーとなって、今や38歳。生まれ育って、離れることのなかったこの場所は、彼の人生そのものだった。『フレデリック・デレールの鴨』も。

血のソースは、この鴨のレシピの特徴の一つだが、アンドレは子供の頃から、とても子供には受け入れられることのなさそうな、この料理が好物だった。この鴨に添えられる、ポム・スフレ(薄切りにしたジャガイモを油で揚げて膨らませたもの)のせいだ。中が空洞の、ボールのように膨らんだポテトチップスの形は、たまらなく魅惑的。レシピを知らなかったので、どのようにそれを作るのかと思いめぐらせた末、ストローでジャガイモを膨らます料理人の絵を描いた。その絵を見て、失笑した料理人は、アンドレにポンム・スフレの作り方を指南した。油の中に薄切りのジャガイモを放り込むと、あっという間に空気が入ってポンと膨らむというマジックに、ますますアンドレは虜になった。驚くほど軽やかで甘く、カリッと仕上がったポム・スフレ。濃厚でしっかりとした味の血のソースとの相性は抜群だった。

トゥール・ダルジャンの鴨は、プルーストのマドレーヌのようなもの。だからこそ、いつも秀逸な仕上がりでなければならない。2年半前から総料理長となったフィリップ・ラべは、鴨料理を以前のようにメニューに掲載しないことにした。ありつきたいのであれば、2日前までに注文しなくてはならない。よりよい状態で鴨を供するこだわりからだ。伝統通り、鴨はヴァンデ県のシャランから届けられる。リリアンヌ・ビュルゴ女史が自信をもって届ける、フランスで探し当てることのできるもっとも優れた鴨だ。

この鴨は2回にわたってサービスされる。一皿目は、フィレに血のソースを添えたクラシック料理。二皿目は、腿肉の創作料理。鴨一匹を余すことなく堪能する、フランスのグルマンディースが生んだシナリオは、カナルディエの巧みな切り分け芸術とともに、未来永劫続いていくことだろう。

 

フレデリック・デレールの鴨の作り方

 

1.ペイ・ド・ラ・ロワール地方ヴァンデ県シャランから、鴨はやってくる。手塩にかけて育てられた、ふっくらとした上等な鴨を、強火でローストする。

 

2.カナルディエは、その鴨を客室の中央にあるカウンターの舞台に運ぶ。

 

3.小さなコンロに火をつけて、大きな楕円形の銀皿をかざし、刻んだレバーを載せる。マデール酒とコニャック酒を数滴。そしてレモン汁も加える。

 

4.鴨から腿肉を外して、冷めないように別所においておく。

 

5.皮を外し、フィレを縦に切り出す。骨を包丁などで砕き、銀の圧縮機の中にいれて、肉汁と血を最後の一滴まで絞り出す。

 

6.銀皿の上で、25分間ゆっくりと火にかけ、かき混ぜながら煮詰めていく。ソースはビロードのように滑らかであるように。最後はこし器にかけて、塩胡椒して、出来上がり。

 

7.添え物と一緒に供する。