連載『今を生きるクラシック料理』トゥール・ダルジャンVol.2 祖父アンドレ・テライユに捧げるクネル


旬の素材をクラシックに生かす錬金術師フィリップ・ラベ氏。

 

『トゥール・ダルジャン』に勤務して37年になるシェフ・ソムリエのダヴィッド・リッジウェイにとって、2年前に料理長に就任したフィリップ・ラベは10人目のシェフだ。そのダヴィッドは十人十色のクネルを見てきた。魚のすり身で作ったクネルは一見地味なクラシック料理だが、それぞれのシェフが自身の個性を加えてきた独特な立ち位置にある料理だという。

ご多分にもれず、高級ホテル・レストランのシェフを点々として、『トゥール・ダルジャン』に就任したばかりのフィリップ・ラベも、“アンドレ・テライユの川カマスのクネル”に心をとらえられた。それは温容な料理であるだけに、イマジネーションをかき立てるのだろう。はじめは、創作が行き過ぎて、突飛といってもいい料理が生まれてしまったのだそうだ。しかしそれは、伝統からすっかり離れてしまっていた、あるいは逆行する料理でもあったと告白する。思索を重ねて、やっと今のレシピに辿り着く。

フィリップにとって、素材こそ大切な出発点だ。ヴァル・ドワーズ県ヴェトゥイユで、生きたまま仕留めた、瑞々しく身の締まった野生の川カマスが、彼の獲物となった。『トゥール・ダルジャン』の伝統的なレシピでは、クネルの生地は、すりつぶした川カマスの身に、卵白と生クリームを加えただけのシンプルな混ぜ物でできているが、フィリップは、バターと牛乳、さらに卵黄を加えた生地も合わせ、生クリームはしっかり泡立てたものも加えている。そのため、ふんわりとした軽やかな口当たりでありながら、味わいは濃厚でエレガント。味わいのある川カマスとしっかりと拮抗しながら調和し、個性のあるクネルに仕上がったのである。

だからこそ、添えるソースを遊ぶなど、さまざまなレシピに変化させることができる。昨年の夏は、ヴェルモット酒が香る、パセリやローリエ、エストラゴンを加えた香草のブール・ブランソースを絡めて、夏らしい清々しさと野性味のある味わいでサーヴィス。ブドウの収穫時期には、ブドウを詰めたスペシャルな生地のクネルを披露。今は、酸味を利かせた鴨のブイヨンでグラッセしたクネルが食卓に上る。

田舎娘のようなクネルは、まるでシンデレラストーリーのように、王宮風の洗練を纏ったわけだが、マッシュルームのピュレを皿にしいて、モルネーソースで覆って表面を焼いた、とても家庭的な感じのするクラッシックを懐かしむ客も多く、かくいう私もファンの一人だった。家庭的に見え、味わいは驚くほど洗練されていたからこその魅力があった。

アンドレ・テライユにとっても、そのクラシックなクネルは、幼少の頃の日曜日の昼食の想い出に結びつく。最後のお客に挨拶を終えた日曜日の午後2時、あるいは2時半頃に、テライユ家は客室の奥、64番か70番のテーブルに着席する。劇場でいえば、最後列に当る席だ。決まって注文するのはクネルだった。決して贅沢はさせないというクロードの躾からだった。クネルは安価な料理だった。でも上等だった。

昔ながらのレシピが懐かしくなった場合は、トゥルネル河岸19番地のブラッスリー『ロティスリー・ダルジャン』に足を運んで欲しい。そこでは、変わらぬクラシックのクネルが今でも供されている。

 

 祖父にオマージュを捧げる、ヴァルドワーズ県ヴェチュイユで捕れた川カマスのクネル

バーベナと田舎のハーブ風味の軽やかなクリームソースで

 

クネルの作り方

1.牛乳とバター、それに卵黄を加えて鍋に入れて炊き、シュー生地のようにまとめる。

2.川カマスの身を細かいミンチにする。

3.ミキサーで生クリームを泡立てる。

4.川カマスの身に、卵白と別途の生クリーム、一等初めの生地、それにエスペレット産の唐辛子を入れ混ぜる。

5.漉し器にかけて、泡立てた生クリームを少しずつ加えて混ぜる。

6.スプーンでクネル型にし、熱湯に通す。

 

ソースの作り方

1.フライパンに、ベルモット酒とフュメ、エシャロットとマッシュルームを刻んだものを入れて、強火で火にかけ、水分をすっかり飛ばすようにする。

2.クリーム、パセリ、ローリエ、エストラゴンを加え、沸騰させたまま、泡を取り除く。

3.半分くらいになるまで煮詰め、フィルターにかけるという作業を2回繰り返す。

 4.保温をし、サービスの直前には、沸騰させ、撹拌した冷えた生クリームを加えて、厚みのあるソースにする。

 

盛りつけ

深みのある皿にソースを流し入れる。フレッシュなバーベナで風味をつけたブール・ブランでクネルをグラッセする。季節のハーブで飾り付ける。熱いうちにサービスすること。

 

 

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